もの生す人は、ここでは芸術の人のことを言いたいのだが、自由場裡に遊ぶを旨とする。そこは不可侵のパーフェクトフリーダムの世界である。そして、芸術の人はその自由というものに苦しまねばならない。その苦しみは不可避的ではあるが、そのなかで成功裡にものを生せたときは天にも昇る思いがするのではないか。しかしまだその歓びには少しくあるいは大いに孤独と不安が残る。
古人は哲学と芸術は、もと同根の兄弟であるという。どちらも驚きを始点とするからであろう。その驚きが彼らを冒険へといざなう。知性や直観力、想起の後押しを頼みに、なにか善きもの美しいものを目指して冒険するのである。
近年は芸術の人とも思えないアーティストたちが隆昌のようで、めでたくも興ざめでもあるが、芸術と兄弟の哲学のほうは一向にふるわず、現代のこの不幸な時代に、哲学そのものが何をなすことができるのかと、無関心のなかで見向きもされない。しかし本来哲学には重要な役目があるのではないか。それはまず批判にあるのではないかと思うのである。それは大きくいえば、この世界で行われているあらゆる暴慢な考えや行動に対する批判であろう。そして人間というものは、過誤とやり損じのかたまりのような存在であること、人間は神ではないこと、この世の事象は私たちにはどうしようもないものがあること、私たち自身の内奥にも如何ともし難いものを持っているということ、といった事実に少しでも人々の注意を向けさせることは、哲学の大切な一つの仕事なのだと思う。しかしやんぬるかな、現代は二千五百年来の哲学の面影も遠ざかっていくばかりのように思われる。筆者は、自称哲学者ではなく本物の哲学者のロゴスを同時代に聞いてみたいと思うのだが…。
先日撮影用の作品を預かりに柳原宅を訪った。そこでまた捕まえられて長時間の談義になったのだが、話が批評のことに及んで、先生は、昔はもっと横断的な美術評論家がキラ星のごとくおったがなあと述懐しておられた。そこには一抹の寂しさ、孤独感といったものが窺われた。芸術の人はものを生せばそれで完結という訳にはいかないのではないか。自身の作品の理解者あるいは批評者を欲するのではないか。そして購ってもくれる見物、享受者を求める。満足のいくものが出来たからといって安心できない、不安なのである。
批評のことをいえば、理解者と批評者はほぼイコールであろう。人と作品の深い理解がなければ本来批評はできない。それを言葉にする能力、レトリックも必須だろう。加えて批評者はパトスがなければならないと思う。人々と広く共有せんとして述べずにいられない、書かずにはいられない情熱のようなものである。それは創作者の抱くエロースにも似通うものであろう。美術史や技法などの知識は言わずもがなである。欲をいえば、深くて広範な教養をバックボーンとする徳というか人とナリのようなものも求められるのではないか…。先生は、そのような批評者の評論を願っておられるのかもしれない。しかしそのような評論家はまた、イコール哲学者でもあらねばならないのではないか。そんな人は今に捜し求められるだろうか。
創作者と批評者と享受者、この三者のだれがムーブメントの始点や契機となるか、ニワトリと卵のようなものだと思うが、創作者にとっては、批評者、享受者のどちらを欠いてもその立つ瀬は狭まり、孤立感は深まるのであろう。そして意気阻喪するのかもしれない。思うに先生の孤独は深かろう。往時の近しい面々も茫々たる面影として思い浮ぶばかりであろう。
しかしながら、孤高にも先生は来し方の足跡をくっきりと残しながら歩みを止めようとしない。他事は詮なきものと、長途の継続に耐えて、無事是貴人というが、なんとかご無事である。筆者ごときにも新手を試してみたから見に来てくれと仰る。年が明けたら窯を新たにしようと思っていると仰る。すでに窯屋に見積りに来させたという。これには驚いた。卆寿を越えて発心の人なのである。その発心はどこから来るのか。
先生は、おのれの作品をもっと高め深めて行きたいと、祈りにも似た気持ちになることがあるという。祈りとは少し先生に似つかわしくない言葉と思ったが、自己を卑小なものと思い知り、形而上のなにかを仰ぎ見、希うことが祈りであろう。筆者はつとに先生の守護神は、かのエロース神と見てきた。厳しく容赦なく芸術の人を吟味し、かつ鼓舞するエロース神のことである。エロース神が嘉し祝福するところの人は、年を食っても若くいられる。その心魂がである。エロースが心を浄く保たせしめる。だからその人は死ぬまで青春のただなかにいられるのである。柳原睦夫という芸術の人は、そのような幸福の人ではないかと思うのである…。よって当年とって九十一翁へのオマージュとして。
本年掉尾、さらなる新味を加えての柳原睦夫展でございます。何卒のご清鑑を伏してお願い申上げます。-葎-
柳原睦夫展Mutsuo YANAGIHARA
Forever Young
12/13 Sat. 〜 28 Sun. 2025




