茶盌というものは、さて作るとなればとかく厄介なもので、茶の湯にどっぷりつかってみても、あるいはつかず離れずで作ってみても、あるいは茶など知らぬ存ぜぬといった対岸で作ろうと、茶盌たる茶盌というか、それのイデア的なものを生すことはむつかしく、ままならぬものだと思われる。というか今ともなればほとんど出来ない相談なのかもしれない。やきものをすなる人で茶盌に手を染める人は多い。文化伝統のことを思えば、年来茶の湯の世界も衰微し縮小しつつあって危機感を覚えるが、茶盌の供給量はあまり細っていないように見える。茶の世界を横目に見ながら、その市場に甘えたような茶盌が再生産され続けている。いやそれが悪いというのではない。この世は玉石混交でいいのだろう。
筆者は茶盌には越すに越せないボーダーラインがあると思っている。僭越ながら、そのボーダーのはるか手前の茶盌と、ライン上にあるものと、かろうじて越えているもの、これは越えているだろうと感じるもの、というふうに分かれるのではないか。そのボーダーとは何ぞやと聞かれても口では言い表せない。ある茶盌を見て、姿かたちをうかがい、手に取ってみて、ではわかるかと問われても、やはり説明がつかない。これは出来ているなあとぼんやりとした感じを覚えても、どこがどうボーダーを越えているかといったことは言語道断のことと思われるのである。
またご大層な話になりそうで恐れるが、茶盌は数世紀をさかのぼるスペシフィックな物語を蔵して今にあるものだと思う。伝世の茶盌には、歴史の事実と茶の道にまつわる人間の物語がこもっているのである。もっと大仰にいえば、大昔からの宗教とか哲学の流れのなかにあるものともいえる。単なるボウルを超えて、そういった精神の歴史に脈絡しながら断片的に抽象されてあるのが茶盌だろうともいえるのではないか。茶は侘び茶の世界を理想郷とする。人生と生活の充実を侘び住まいのなかで求めようとする道である。そういった昔の人の智慧は洋の東西を問わないように思う。古代ギリシャの犬儒派とかストア派がそうであったし、老荘の思想もしかり、執着を離れよという意味で、釈尊も説いた仏道の要諦でもあったのではないか。だから茶の創業者たちは禅に深く交わり、そこに道を見出そうとしたのだろう。茶の道は聖俗でいえば俗にあって宗教ではないが、利休居士も山上宗二も古田織部もなかば自死による殉教者のようなものである。殉教者たちとその周辺の人たちが見出し吟味したのである。その現物というか証拠品として残されてあるのが茶盌たる茶盌ということになるのではないか。ボーダーラインは見えはしないが、そこらあたりにぼやっと引かれているように思われる。
茶盌たる茶盌に今人の私たちがなにを付け加えることができるか。時代がちがうのでなんともいえないが、今もって個別に茶盌が作られているということは、作る側にも享受側にも、なにか私たち独特の言語道断的な感性とか審美のエートスが消えずに残っているからだろうか。茶盌というものが、私たちの文化の精華の一つであることは稀有なことなのかもしれない。だから越すに越せないボーダーを越えようとする作者やその越境の力を秘めた作者を見ると、筆者などはシンパシーをいたく感じてしまう。そしてまだまだもっと行けるだろうといった見物の残酷な気持ちを抱いたりする。本展の福本双紅も、ボーダーライン上で悩ましくも一歩を進めようとして、今回は主として茶盌に力を注いでくださるようである。彼女いわく、なんだか茶盌なんぞは頭のなかで考えて出来るものでもなし、もう茶盌の海で行きますわと、やけくそ気味でやってくださっている。やけくそといえば、かの芭蕉翁もおのれの行く道をやけくそ道といったという。力のある彼女には、ボーダーラインを少しでも突破した茶盌を作っていただきたく、到来を待望しているのである。-葎-
photo:Saki IRIMAJIRI
福本双紅展Fuku FUKUMOTO
Something Expected Beyond the Bowls
8/29 Sat. 〜 9/13 Sun. 2026




